小規模事業者にとってのDX~中編
- 2021年1月27日
- 中小機構 中小企業アドバイザー(経営支援) 吉田明弘
- DX
- 事業変革
DXに小規模事業者がどう向き合うことができるのか、全3回に分けてお伝えしているDX特集です。この第2回では、DXによって実現する事業変革の具体例を紹介します。
ここでひとつ注意して欲しいのは、必ずしも大きな変革でなくてもよい、ということです。何をもって大きいと言うのかということはありますが、少なくとも、高価な設備を導入したり、システム開発を委託したり、「グローバル展開するサブスクリプションビジネス」を創造したりすることは必須ではありません。事業によっていろいろな変革があり得ます。
また、他企業で成功した事例をそのまま自社に持ち込んで成功するとも限りません。DXの概念・考え方を理解した上で、そこからあくまで独自に創り上げていくことが大切になります。
商品を売るのか、顧客の業務改善を支援するのか
DXの事例として、まず印刷会社について考えてみましょう。印刷会社のビジネスは、お客様から依頼された印刷物を印刷機等で刷って製本など加工して納品するものです。受注生産の製造業と見ることができます。しかし、これをお客様の立場から捉えるとどうでしょうか。
お客様は、印刷物を使って、誰かに何かを伝えたいというケースが多いと思います。企業であれば、自社の製品やサービスについてユーザーに伝えるために、パンフレットやチラシ、ポスターなどを利用します。ということは、印刷会社はお客様のコミュニケーションやマーケティングを支援していると捉えることができます。
コミュニケーションやマーケティングといった分野は、今まさにデジタル化が進んでいる領域です。新聞やテレビに比べてインターネットの利用が激増しているように、デジタルツールを活用する新しいやり方が、古いやり方を押しのけて拡大しています。印刷物(紙媒体)によるコミュニケーションというのは、古いやり方に該当しており、市場としても長らく縮小を続けてきました(下げ止まり感があるという話もあります)。お客様からすれば、効果のありそうなコミュニケーション手法を採用したいのであって、そもそも印刷がしたいわけではありません。
こうした背景から、印刷会社が自社のビジネスをコミュニケーション支援として捉え直したとき、印刷以外の手法も取り揃えて、印刷を上手く活用しつつも総合的な支援サービスを提供するという方向性が考えられます。
DXは今に始まったことではない
印刷会社の中には、以前から、デザイン能力を活かしてホームページ作成を受託したり、会報誌などの印刷を受託した際に一緒に電子ブックとしても提供したり、といったビジネスを展開しているところが多くあります。様々なコミュニケーションをワンストップで支援してくれることに価値を見出すお客様も多いでしょう。紙の印刷だけを事業としていた状態から、これらのデジタル化された事業を創ったことは、その当時のDXと言ってよいと思います。
また昨今であれば、マーケティング活動にデジタルツールを取り入れる企業も増えてきています。ユーザーに対して情報発信した際に、その情報が誰に有効だったのかを計測し、さらに次の打ち手につないでいくようなことを自動化するツールとして、MA(マーケティングオートメーション)というものがあります。印刷会社がMAをお客様に提案したり、運用を含めて業務を受託したりといったビジネスも展開されてきています。デジタルを中心としたマーケティング活動を代行する中で、当然ですが、印刷物を上手く扱えることも強みとして活きてきます。
マーケティングの分野では、旧来より、紙のDM(ダイレクトメール)を印刷から発送まで請け負う印刷会社も多くあります。その中には、発送前後に紙のDMだけでなくeメールを合わせて送付するサービスを提供しているケースもあります。これだけのことで成果が得られる割合は確実に上がるそうですが、印刷会社が自社ビジネスを印刷物の受託製造と定義していては、なかなかできないことです。自然にデジタル化を伴いながら、自社ビジネスを再定義し、新たな顧客体験を創り出す一例と言えます。
顧客接点を変化させる
これは印刷業界に限った話ではありませんが、DXを考える上では、まず顧客接点に注目してみると良いでしょう。顧客接点というのは、一連の事業活動の中でお客様と接する場所やタイミングで、例えば、商品を販売する店舗や、お客様の事務所を回るルート営業などが該当します。デジタル化によって、新たな顧客接点を増やしたり、変化させたりすることは、顧客体験を大きく変化させるため、ニーズに合えば価値向上にもつながりやすいです。
事例としてよくあるのは、日本全国で利用が急増しているネットショップの導入です。ネットショップは、インターネット上に店舗を構えることから、物理的な制約が取り払われて、商圏を大きく拡大することができます。お客様からしても、商品が届くまでのタイムラグはあるものの、注文は24時間可能であることが多く、利便性が高くなります。
印刷会社では、2000年以降、インターネットが急速に普及したのに合わせて、ネット上の印刷通販ビジネスがいくつも立ち上がりました。そして、営業コストを削減し、全国から定型の印刷物を数多く受注することで製造コストも下げて、価格破壊を起こすことでさらに多くの受注を集める、という拡大サイクルで成長してきました。そして、ユーザーが可能な限り完全なデータをネット上で入稿することで、安く印刷物を得られるという、それまでになかった顧客体験が創出されました。
事業者間取引におけるネットショップであるBtoB ECを、お客様の発注業務を改善する仕組みとして提供する印刷会社もあります。これまではお客様は印刷会社の営業担当と何度もやりとりをすることで印刷物を発注していたのが、BtoB ECによってWeb上で全て完結するようになります。また、受発注システムと連携して印刷工場の自動化も進めることで、リードタイムが短縮されると、お客様にとっては、発注の効率化だけでなく在庫の減少などの価値も実現されます。
別の業界のケースだと、2020年春に世界的な感染症拡大が起こり、飲食業ではフードデリバリーサービスを取り入れる事業者が急増しました。フードデリバリーサービスは、スマートフォンアプリなどから注文した食べ物を、自宅などに届けてもらえるもので、飲食業のネットショップと言えます。感染症拡大という異常な変化で歪んだ市場環境によるものではありますが、ユーザーは自宅で多様な食事をすることができ、プチ贅沢を味わえるという顧客体験が生まれました。
まとめ
デジタル化によって実現可能なことの幅が広がり、新たな顧客体験を創出するというのは、今でこそDXと呼ばれますが、実は以前から行われてきたということを紹介しました。今になってなぜ大きく取り上げられるようになったかと言えば、以前よりもできることが増えたということと、より簡単に実現できるようになったという理由が挙げられます。ですから今は、小規模事業者でも取り組むタイミングです。
デジタル化によって、事業の何を変えられるだろうか、と考えるにあたっては、前述のとおり、まず顧客接点について考えてみましょう。今どのようにお客様と接しているだろうか、それがどう変わったらお客様の体験が変化するだろうか、もしくは新しいお客様に価値を提供できるだろうか、と考えてみましょう。それほど大掛かりな仕組みがなくても、新たな顧客体験を創り出すことができるかもしれません。
さて、次回はより先進的な取り組みとしてAIを活用した未来予測について紹介したいと思います。
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