内向きの部分最適から外向きの全体最適へ 〜「DX動向2025」で語られたこと
- 2025年12月2日
- 中小機構 中小企業支援アドバイザー 村上知也
- DX
- デジタル化
IPA(独立行政法人 情報処理推進機構)より『DX動向2025』が発刊されましたので、その内容を確認してまいります。
日本・アメリカ・ドイツのデータを比較することで、日本におけるデジタル化やDX(デジタルトランスフォーメーション)の動向を把握することができます。
「内向き・部分最適から、外向き・全体最適へ」という点が、大きなテーマとなっています。
IPA『DX動向2025』はこちら
https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/dx-trend/dx-trend-2025.html
全体最適への取組
「社内を部分最適から全体最適にしていこう」という考え方は、昔から繰り返し言われ続けてきたことです。特に大企業においては、部門間に壁があるため、それぞれの部門が個別にシステムを導入することがありました。その結果、部門ごとの最適化は進んでも、企業全体としての最適化が実現できないケースが多く見られました。
そのため、一度立ち止まって全社の「あるべき姿」を模索し、その上でデジタル化を進めていくというのが、これまでの一般的な進め方でした。
一方、中小企業の場合は、大企業ほど部門間の壁が存在しないため、全社的な最適化を図ることは比較的容易であると言えるかもしれません。
しかし、今回のテーマは、こうした企業内における「内向きの全体最適」ではなく、顧客も巻き込んだ「外向きの全体最適」に焦点を当てた内容となっています。
日本の特徴として、業界ごとに独自の商習慣が固定化されている傾向があり、効率化を図る場合でも、自社の内部だけで対応しようとするケースが多く見受けられます。しかし、それでは単なる「デジタル化」に留まり、商習慣を見直し、ビジネスモデルを変革していくような本来の「DX(デジタルトランスフォーメーション)」とは言えない取り組みとなってしまいがちです。
今回発刊された『DX動向2025』をお読みいただき、ぜひ「外向きの全体最適」に注目してみてはいかがでしょうか。
DXの取組状況のデータの確認
「DX動向2025」のグラフを確認していきます。以降の図表は、全て本書からの引用となります。
DXの取り組み状況は、全社的に取り組んでいる割合は、アメリカよりも低くドイツよりは高いという結果になっています。
【DXの取組状況(経年変化・国別)】

ただし、「DXに取り組んでいますか?」という質問は、事業者にとっても回答しづらいものだと思われます。どこまで実施していれば「DXに取り組んでいる」と言えるのか、その判断は事業者ごとに異なるためです。
実際に、日本のDXへの取り組み状況を2023年と2024年で比較すると、やや後退していることが分かります。全社的に取り組んでいると回答した割合は、37.5%から34.4%へと減少しました。
このような全体的な数値を見るだけでなく、もう少し具体的な項目を確認していく必要がありそうです。
また、「DXによって成果が出ているか」という問いに対しては、日本はアメリカやドイツと比較して大きく遅れを取っている状況です。日本人の特性として、謙虚な姿勢から「成果が出ている」とは言いにくい傾向も考えられますが、取り組みの割合がドイツより高いにもかかわらず、成果面では遅れを取っている点は、やはり残念な結果と言えるでしょう。
【DXの成果状況(経年変化・国別)】

それでは成果の内容について確認します。次のグラフは日米独で大きな差がついています。日本の成果は、「コスト削減」に絞られている一方で、米独ではまんべんなく成果をだしており、特に「売上や利益の増加」というところで差が大きいです。
米独とのDXに対する意識の差がはっきり出ている調査結果ではないでしょうか。もちろん「コスト削減」は実現したいですが、そのための「デジタル化」のみに目が向いているのが日本の企業のように見えます。
【DXによる経営面の成果内容(国別)】

経済産業省のDXの定義を確認すると、以下となります。
・デジタル技術やツールを導入すること自体ではなく、 データやデジタル技術を使って、顧客目線で新たな価値を創出していくこと。
・また、そのためにビジネスモデルや企業文化等の変革に取り組むことが重要となる。
(出典)デジタルガバナンス・コード (経済産業省)
顧客目線で価値を提供できていれば、売上や利益の向上につながり、顧客満足度も高まるのではないでしょうか。しかし、日本では依然として「内向きのコスト削減」に意識が向いており、本来の意味でのDXに取り組めていない企業が多いことが、データからも読み取れます。
DXの意義を正しく理解できていない背景には、経営層におけるデジタル分野への見識の有無が関係しており、その点でアメリカやドイツとの差が生まれているのではないでしょうか。
【経営者のデジタル分野についての見識の有無(国別)】

また経営者だけではなく、社内のDX推進人材の「量」にも差がついています。米独ではDX推進人材が不足しているという回答は少数派ですが、日本では人材が確保されている方が少数派となっています。
【DXを推進する人材の「量」の確保(人材の評価基準の有無別・国別)】

DXの実現に向けて
それではDXの実現に向けては何が必要なのでしょうか?
本書では、DX を推進するためには、経営のアジリティ(意思決定や行動の速さ、柔軟性)の向上が重要であり、そのためには、データの利活用やそれを実現するためのレガシーシステムの刷新、AI の利活用、システム開発の内製化といった取組が求められています。それぞれの項目を確認していきます。
データの利活用
日本におけるデータの利活用の状況を DX の成果別に確認しました。
DXの成果が出ている企業では「全社で利活用している」「事業部門・部署ごとに利活用している」と回答した企業の割合が高く、70%を超えています。DXで成果を出していくためには、「データ利活用」が重要である、としています。
【データ利活用の状況(日本・DX 成果別)】

生成AIの活用
生成AIを活用することが、すなわちDXの実現に直結するわけではありません。しかし、こういった新しいテクノロジーを積極的に活用する企業文化はDXの実現に寄与するでしょう。
生成 AI について前向きな取組みをしている企業の割合は、米国では8割弱、ドイツでは7割弱となっていますが、日本では5割弱にとどまっています。日本は「関心はあるがまだ特に予定はない」と答えた企業が米国とドイツに比べて非常に多いのが特徴的です。
【生成AIの導入状況(経年比較・国別)】

システム開発の内製化
システム開発の内製化を確認すると、「内製化を進めている」の回答割合は米国が最も高く、日本・ドイツと差がついています。また「外部開発を今後も利用予定であり、内製化は進めていない」の回答割合は日本が高く、依然として外部開発を利用する企業も多い傾向が続いています。
【システム開発の内製化(国別)】

これもDXのためにシステム開発の内製化が必須とまでは言えないものの、内製化されていた方が、迅速に新しいことに取り組めるという側面はあるでしょうし、データの分析も内部で行えるようになるため、内製化している方が有利なことが増えていると考えます。
レガシーシステムの刷新
レガシーシステム(老朽化した既存 ITシステム)は、DXを進める上で足かせとなっていると回答する企業の割合は独米では大きく、一方で米独に比べて日本の割合は低くなっています。これは、日本にレガシーシステムが少ないというより、データ利活用の取り組みが進んでいない証と見ることもできるのでは無いでしょうか。
【レガシーシステムの DX 推進に与える影響(国別)】

まとめ
様々なデータをもとに、日本のDXの状況を確認してきました。「DX動向2025」の中で、一番気になったデータは「データの企業間連携」についてのものです。
日本は外部とのデータ連携やデータ提供を行っていないケースが米独に比べて圧倒的に高くなっています。これこそが、本書のサブタイトルで指摘されていた、「内向きの部分最適から、外向きの全体最適へ」につながってくるでしょう。
【データの企業間連携の状況】

企業内のデジタル化では、所詮、自社内のみの最適化にとどまってしまいます。一方で、取引先や顧客とのデータ連携が進めば、より大きな枠組みにおける全体最適の実現が可能になります。
今こそ、日本企業は視点を自社の外に向け、DXに取り組んでいくべきではないでしょうか。
もちろん、言うは易く行うは難しであり、日本独特の商習慣を打破することは容易ではありません。
しかし、まさにそういった変革こそが、真のDX実現につながると考えられます。


